すみません、しつこくて、昨日の続きです。
もうこれは、行くっきゃないでしょ!! いつ行くの、今でしょ!!
と、勝手に私が意気込みまして、
「絶対に行くんだから」と、あまり乗り気でない隊長を説き伏せ、
最終日に、南阿蘇村にある 『風の丘大野勝彦美術館』へ寄ったわけです。
朝一で到着した美術館は、風の丘というだけあって、阿蘇の町と山が見渡せる、素敵なところでして、
そこには、沢山の作品が、年代順に展示されていました。
私たちが到着して、しばらくしたら、観光バスも到着していました。
町一番の作付けの農家の働き盛りの45歳の時、町の数々の役員や野球のピッチャー、バレーボールの指導者などいろんな事を精力的にやっていたある日、トラクターの掃除中に機械に巻き込まれ、両腕を失うという事故に会う。
役に立たない価値のない人間になってしまった、と絶望しどん底に落ちるが、
病室にくる家族や周りの人の優しさと、家族もツラいのに、ということに気がつき…、
初めて詩や絵を描くようになるまでの心の葛藤などが描かれ、
その後、だんだんと人生の賛歌と、回りの全てに対する感謝の気持ちに変っていくのです。
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手を失うまでは、花が美しいとも気づかず、というか花が咲いているのも気づかなかったそうで。 忙しく働いていた時には、自分は立派な一人前の人間で、 うまくいって当たり前、と思っていたことが、 実はそうではなく、一生懸命に支えていてくれていた誰かがいたのだと、気が付いたというのです。
ここにご紹介するのは、美術館で買った作品集の中の数ページです。
見にくくて、すみませんが、ニュアンスだけでもと。
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両手を切って にこにこ笑顔で生きているのが 不思議なのではない
絵も描いたことがない人が 美術館を作品を作ったのが不思議なことでもない
五体満足に不自由ない人が にこにこしないで生きているのが
不思議な気がする |
見ていると、自分が恥ずかしくなってきます。
大野さんの美術館は、現在阿蘇の他に、大分県と北海道、3軒もあるそうですが納得です。
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みんなみんな 決まりごと 今日 風が吹いたのも 昨日雨が降ったのも みんなみんな 決まりごと あの日あなたと出会ったのも 偶然と思っていたのに みんなみんな 決められたんだね 私が両手をなくすのも
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人生いかに 生きるべきか そんな難しいこと 分かりません
ただ大切な人の 喜びそうなこと
毎日考えながら 暮らします |
両手を失くした大野さんは、変りに別なものをたくさん得ることができたのですね。
私はこの人のように強くはないけど、同じ気持ちになって、いろんなことに感謝して笑って生きよう、と思えた、良い出会いでした。
さて、この作品集を販売コーナーで買った時、なんと本物の大野さんがいらっしゃって、
ニコニコと明るく優しい方でしたが、
「本を買った人は、本の裏表紙に、似顔絵を描きますから、こちらに座ってください。」と言われて驚きました。
大野先生とお呼びした方が良いでしょうね、大野先生の前にちょっと緊張して座ると、
「コースが5つありまして、
若く描くコースと、美人に描くコースと、可愛く描くコースと…、(あと2つは忘れました)どれが良いですか?」
と聞かれ、思わず笑ってしまいます。それが狙いなのでしょう。
「じゃあ、可愛く描くコースでお願いします」、と頼みました。
すると、さらさらと描きだしました。もちろん義手で です。ふたつの指のようなもので、筆をはさんでいます。
「ご主人と来たのですか?」
「はい、そうです」(隊長はそのときは庭にいました。)
「ご主人のお名前は?」
何故わたしの顔を書くのに隊長の名前聞くのかな?連名で〇〇さんへと、かいてくれるのかな?と思い、聞かれもしないのに、隊長の名と自分の名を告げると、こんな作品が仕上がりました。
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頼んでないけど…、
隊長に対する感謝の気持ちを代筆してくれました~!!
頼んでないのですけども。 |
きっと、感謝の気持ちが大切ですよ、と教えてくれているのですね。
わたしの顔は観音さまのように笑っています。
それにしても、1冊の本を買った人に、こんなにも丁寧なことをしてくれるなんて、本当に心が温かい人なのだと思います。
本を買うのは私だけではないでしょうから、私はすぐに立ち去りましたが、きっとその後も何人もの人に、素
敵な思い出になる絵を書いてくれるのでしょう。
ということで、城 恭子は九州から帰ってきてから、
感謝、感謝、全てに感謝して生きているのです。ヾ(- -;)ホント?