九州旅行 ⑤ 風の丘 美術館

城です。

すみません、しつこくて、昨日の続きです。

もうこれは、行くっきゃないでしょ!! いつ行くの、今でしょ!!

と、勝手に私が意気込みまして、

「絶対に行くんだから」と、あまり乗り気でない隊長を説き伏せ、

 

最終日に、南阿蘇村にある 『風の丘大野勝彦美術館』へ寄ったわけです。

朝一で到着した美術館は、風の丘というだけあって、阿蘇の町と山が見渡せる、素敵なところでして、

そこには、沢山の作品が、年代順に展示されていました。

私たちが到着して、しばらくしたら、観光バスも到着していました。

 

町一番の作付けの農家の働き盛りの45歳の時、町の数々の役員や野球のピッチャー、バレーボールの指導者などいろんな事を精力的にやっていたある日、トラクターの掃除中に機械に巻き込まれ、両腕を失うという事故に会う。

役に立たない価値のない人間になってしまった、と絶望しどん底に落ちるが、

病室にくる家族や周りの人の優しさと、家族もツラいのに、ということに気がつき…、

初めて詩や絵を描くようになるまでの心の葛藤などが描かれ、

その後、だんだんと人生の賛歌と、回りの全てに対する感謝の気持ちに変っていくのです。

 

手を失うまでは、花が美しいとも気づかず、というか花が咲いているのも気づかなかったそうで。

忙しく働いていた時には、自分は立派な一人前の人間で、

うまくいって当たり前、と思っていたことが、

実はそうではなく、一生懸命に支えていてくれていた誰かがいたのだと、気が付いたというのです。

 

ここにご紹介するのは、美術館で買った作品集の中の数ページです。

見にくくて、すみませんが、ニュアンスだけでもと。

 

 

両手を切って

にこにこ笑顔で生きているのが

不思議なのではない

 

絵も描いたことがない人が

美術館を作品を作ったのが不思議なことでもない

 

五体満足に不自由ない人が

にこにこしないで生きているのが

不思議な気がする

 

見ていると、自分が恥ずかしくなってきます。

大野さんの美術館は、現在阿蘇の他に、大分県と北海道、3軒もあるそうですが納得です。

 

 

 

みんなみんな 決まりごと

今日 風が吹いたのも

昨日雨が降ったのも

みんなみんな 決まりごと

あの日あなたと出会ったのも

偶然と思っていたのに

みんなみんな 決められたんだね

私が両手をなくすのも

 


人生いかに

生きるべきか

そんな難しいこと 分かりません

 

ただ大切な人の 喜びそうなこと

毎日考えながら 暮らします

 

両手を失くした大野さんは、変りに別なものをたくさん得ることができたのですね。

私はこの人のように強くはないけど、同じ気持ちになって、いろんなことに感謝して笑って生きよう、と思えた、良い出会いでした。

 

さて、この作品集を販売コーナーで買った時、なんと本物の大野さんがいらっしゃって、

ニコニコと明るく優しい方でしたが、

「本を買った人は、本の裏表紙に、似顔絵を描きますから、こちらに座ってください。」と言われて驚きました。

大野先生とお呼びした方が良いでしょうね、大野先生の前にちょっと緊張して座ると、

「コースが5つありまして、

若く描くコースと、美人に描くコースと、可愛く描くコースと…、(あと2つは忘れました)どれが良いですか?」

と聞かれ、思わず笑ってしまいます。それが狙いなのでしょう。

「じゃあ、可愛く描くコースでお願いします」、と頼みました。

すると、さらさらと描きだしました。もちろん義手で です。ふたつの指のようなもので、筆をはさんでいます。

「ご主人と来たのですか?」

「はい、そうです」(隊長はそのときは庭にいました。)

「ご主人のお名前は?」

何故わたしの顔を書くのに隊長の名前聞くのかな?連名で〇〇さんへと、かいてくれるのかな?と思い、聞かれもしないのに、隊長の名と自分の名を告げると、こんな作品が仕上がりました。


頼んでないけど…、

 

隊長に対する感謝の気持ちを代筆してくれました~!!

頼んでないのですけども。

きっと、感謝の気持ちが大切ですよ、と教えてくれているのですね。

わたしの顔は観音さまのように笑っています。

 

それにしても、1冊の本を買った人に、こんなにも丁寧なことをしてくれるなんて、本当に心が温かい人なのだと思います。

本を買うのは私だけではないでしょうから、私はすぐに立ち去りましたが、きっとその後も何人もの人に、素

敵な思い出になる絵を書いてくれるのでしょう。

 

ということで、城 恭子は九州から帰ってきてから、

感謝、感謝、全てに感謝して生きているのです。ヾ(- -;)ホント?