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2011.06.26  時代劇考

城です。

最近は時代劇がブームです。 新聞に出るテレビの視聴率ランキングでも、「江」や「仁」がトップを争っていますね。

毎週日曜日にNHKでやる大河ドラマ「江」では、先週小田原攻めが行われ、

豊臣秀吉によって、小田原の北条氏が滅亡したところをやっていました。

ふうん、と見ていた方、実はこの地域も、この戦に少なからずかかわっていたのですよ。

 

戦国時代、このあたりの地域は葛西と呼ばれていて、今の青砥近辺に葛西城がありました。

関東地域の葛西城は関東管領・上杉が納める最南端の地だったのですが、

小田原軍とのせめぎあいが続いていました。

(ということは、この辺をもしかして、上杉謙信や直江兼続なども駆け抜けていたかも…。)

豊臣が北条攻めをした1590年には、葛西地域は北条家のなわばりでした。 

「ここらへんは、おいらの縄張りだぞ。」 

ですから豊臣方の徳川家康率いる別働隊が、葛西の地に迫ったのです Surprised

その時の記録が残っています。

(かつしかの文化財発刊50号の記念誌 25号葛飾区郷土と天文の博物館 学芸員 谷口さん著 参照)

 

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2010.07.10  葛飾のむかし話 その2 遍照院の話

城です。昨日のブログの続きで、葛飾のむかし話、の本にに載っていた面白いお話をご紹介します。

梅津不動産(水元2丁目)のすぐ近くに、遍照院(水元5丁目)というお寺があります。

(ちなみにこのお寺は幼稚園も併設していて、私は遍照院幼稚園の第一回卒業生なのですが、それはそんなに昔話でもないので、今は置いておいて…)

 

この遍照院は実は1,200年も前からある古い立派なお寺で、昔はその敷地も今と違ってすご~く広かったそうです。 (きっと荘園のようになっていたんじゃないかと思います。)

それは戦国時代のころ、この地域は、小田原の北条軍と、今の房総の里見軍が、領地の取り合いのいくさを何度か繰り返していました。

柴又の矢切の渡し付近の川原や、国府台(こうのだい)などが合戦の場となりました。

毎回、北条軍が勝ちましたが、ある時の戦で、負けた里見軍が、戦場から逃げ延び、遍照院にかくまってもらったのです。

そこへ追ってきた北条軍が寺を囲み、里見の兵を出せといってきましたが、住職は怪我をしている兵を引きわたさなかったそうです。

腹を立てた北条軍は、とうとう寺に火を放ち、火はどんどん燃え広がりました

大きな寺の建物が燃え落ちようとするとき、住職は、寺に伝わる財宝の砂金を壺につめ、しっかりと蓋をして、寺のかたすみに埋め、「寺に大事があったら、これを掘り起こして役に立てなさい。」と、言い残して、寺とともに、この世を去りました。

 

その後、時代は過ぎて江戸時代、荒れ果てた寺を再び建て直そうという事になって、村人たちは、言い伝えられていたあの住職の言葉を思いだし、宝探しが始まったのです。

宝が埋まっていそうなところが、次々と掘られましたが、見つかりません。

村人たちは、「まだ出ぬか、まだ出ぬか」と一心に掘り続け、その後には、小高い丘や池が出来たほどでした。

しかし、とうとう宝は出てこなかったのです

いったいあの住職はどこへ壺を埋めたのでしょう?。

もしかしたら、水元に住んでいる、あなたの家の下に、壺はうずもれているかもしれませんよ…。

というお話です。  なんだか、夢がある話じゃないですか!!(大人にとっても)

梅津不動産の敷地に、埋まってるかも~!! Laughing

遍照院の敷地は、当時相当広かったらしく、水元小学校(水元4丁目)のとなりには、今のような住宅地になる前は、一本松が植えてある小高い丘があったり、くぼ地があった、ということなので、きっとその時に宝探しをした名残りだったのでしょう。

あなたの家の下も、一度掘ってみたら…?

 

「葛飾のむかし話」の本は、葛飾区児童館職員が地元のお年寄りの皆さんからお話を聞きだし、昭和59年に何十話ものお話がまとめられています。是非、図書館に行って、借りてみてはいかが?

また、次の機会に面白いお話、ご紹介しま~す。

3月にご紹介した、名主の源右衛門さんのお話も見てね

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2010.07.09  葛飾の昔ばはし その1

城です。金町駅の南口の前にそびえ建つ40階建ての高層マンション(ヴィナシス金町)。

その3階のフロアー丸ごと、葛飾区の図書館が入ったのは知っていたのですが、先月初めて行ってきました。

 

広くて、綺麗で、まぁ、本が多くて(そりゃそうか、図書館なのだから)、 ビックリしましたぁ。

本を借りるのに、カードと暗証番号を使って、パソコンで各自手続きをするシステムになっていました。

機械の上に借りる本をまとめて置くと、重ねて置いてあるのに、全てのICチップを瞬時に読み取るんです。

教わりながらやったのですが、浦島太郎のような心持ちになりました。

何しろ、私は自分の子供の夏休みに利用したぐらいで、あれから何年、図書館に来なかったんだろう…

 

 

それこそ、いろんなジャンルの本が置いてあるのですが、

葛飾区についての文化、歴史、自然、などをまとめて置いてあるコーナーを発見しました。

結構、あるんですよ、それが… 

 

「葛飾漫歩」、ブログの参考になるかな…?

と手に取ってみたら、著者はうちの大家さん!! Surprised

校長先生を退職されてからも、文化財保護推進委員など、いろいろと社会に貢献されている方なのですが、こんな本を出していたなんて…!!

新たな発見!! 

ちなみにこの表紙の写真は、私も前にブログでご紹介した、閘門橋(こうもんばし)です。

プロが撮ると、違って見える。さすが~。

エッセイ風に、葛飾区のいろいろな場所を歴史や風俗を踏まえて紹介していて、軽い感じで読めます。 

写真の本以外にももっといろいろな本を借りました。

もう、葛飾区の歴史でも自然でも、相当明るくなりましたよ Wink

葛飾博士になれるかも…?(読んだもの忘れなければね…)

中でもおもしろかったのは、写真中央に写っている、「葛飾の昔話し」

子供向けに書かれているから、読みやすいこともあるんですが、内容もちょっと心引かれる話がありました。

そのお話については、次回ご紹介しま~す Laughing

 

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2010.03.18  水害を救った名主源右衛門

風景 011.jpg  

こんにちは、城です。

西水元の中川沿い(4丁目)の土手になる大イチョウとその下の水神様をご存知ですか? 今は枝ばかりですが、夏には大きな影を落とし、歩く人たちに涼を分けてくれます。

この場所には伝説があるのです。

昔むか~し、江戸時代、大雨であちこちの川が氾濫し、この中川の土手も決壊しそうになりました。この土手が切れると江戸中が大洪水になります。

それを防ぐのはもう人力ではどうにもならない、と名主の源右衛門さんが自ら人柱になって、念仏を唱えながら濁流に入っていったのです。

すると、不思議なことに水の勢いが衰え、洪水を免れることができたのです。村人は泣いて喜びました。

その後人々がここにイチョウの樹と水神様を祭ったという事です。

今では、土木工事も発達し、水門もあちこちにでき、洪水になることもなくなりましが、このイチョウの大木と水神様は、この町を見守っていてくれるのです。

*かつしかの文化財代10号参照

  風景 012.jpg

源衛門さん、偉いですねぇ~。

水元にも昔の人たちの歴史のなごりがたくさん残っています。

またご紹介していきたいと思います。

 

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