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2014年3月

咲いた!! 水元公園 桜土手

城です。


桜、咲きましたね。

 

こちら、水元公園の桜土手の様子です。

お花見ながら散歩している人が、

うらやましい。


今日は、月末、年度末、消費税5%最後の日、

ということで、

忙しかったです。

道路もだいぶ車が多い気がします。

 


 

明日からは、

桜、見るだけなら消費税はかかりませんが、

おちゃけやおつまみ食べちゃうと、8%かかりますので

念のため。(´_`。)

 

春のうっかり

城です。

昨日の夕方6時ころ、若いお姉さんがやってきました。

「Mです。言われてた書類、持ってきました。」

初めて見るお顔でしたが、 Mというお名前には聞き覚えがあるので、

対応した渡辺が「〇〇マンションのMさんですか?」

「そうです。」

Mさんは、中年の男性で一人暮らしですが、以前、良い人ができたので、今度一緒に暮らすことになると思うから、そうしたら何か書類がいりますか?みたいな話はしていたので、その人だろうか?

でも、どう見ても20代前半のこの人は、Mさんには若すぎだし、Mさんの娘さん?変ねぇ……。

 

渡辺はMさんと暮らす人が、自分から進んで住民票を持参してきたのだと、思い込んでいるようで、

座ってください、と席を進め、書類を受け取りました。

しかし、その書類は、台東区谷中の貸家に住むための、連帯保証人承諾書なのです。

谷中に貸家なんて、当社は管理していないし、Mさんも読みは同じでも、漢字が違うので、当社の管理物件のMさんとは、まったく関係がないことがわかりました。

では、何故に当社に、若い女性のMさんが書類を持ってきたのか、皆目見当がつきません。

でも、「こちらから電話がかかってきて、持ってくるように言われたのです。」と、若いMさんは言うのです!!

書類を見ると、谷中の一戸建て貸家に住むために、宮城県にいるお父さんが連帯保証人となる、と印が押してある書類です。

5人がシェアハウスするかたちのようで、その娘Mさんは、宮城県仙台から出てきたばかり。

同居する人に、不動産屋は梅津不動産という名前だと言われた、というのです。

それから、不動産屋が書類を持ってきてください、と電話があったので、

梅津不動産をネットで検索して、ここのホームページを見て、谷中からやってきたというのです。

 

しかし、そうは言われても、うちだって管理していない物件、契約書もないし、若いMさんの電話番号もしらないのに、電話なんてできっこない…。

「ほんとに、梅津不動産って言ったの?」と聞いても「はい、そうです。」と言うばかり。

Mさんは、持ってきた書類以外、契約書も持っていないので不動産屋を調べようがない。

 

そこで、渡辺が良い事を思いつく。

「電話は携帯電話にかかってきたのなら、着信が残っているんじゃない?」

「そうだ!!」ということで、着信に残っていた番号を探してもらうと、

その番号は、当社とは似ても似つかぬ、地域も違う番号。

インターネットで電話番号検索してみたら、なんと、

有限会社梅家不動産だった!!

」と、「」。1字違いなのだ!!

私など、梅津不動産ばかり見慣れているから、パッと見ると、有限会社 梅津不動産に見えます。

私の父も宮城出身ですが、東北では、梅津という名前は結構ポピュラーだから、Mさんも聞き間違え、見間違えてしまったのかもしれません。

 

しか~し、有限会社 梅家不動産は、字は当社と1字しか違わないのに、

住所は文京区白山と、所在地は、大きく違う都心のど真ん中

 

若いMさんは、がっかり半分、正しい場所がわかってほっとしたの半分、帰って行きました。

 

Mさ~ん、東京には不動産屋が山ほどあるし、それに東京っていってもいろんな町があるのよ~。

これから、東京の暮らしに慣れるまで、谷中の人はきっといい人だと思うけど、悪い人にだまされたりしないように、気を付けて。

シェアハウスから一人暮らしに移りたいときは、是非梅津不動産にも来てください。

 

道草

城です。

今日は 生まれた時から水元在住、御年90歳を超えた方が、顔を見せてくれました。

当社の大事なお客様の一人です。

自分で車を運転して来られるのですよ。

背筋がピンとして、会話もおもしろく、世間の事、政治経済の事、私より何でもご存じで!!

私も、あんなふうに歳をとれるだろうか?……難しいことです。

 

で、昔の水元について話をしたのですが、

この水元の住宅街は、見渡す限り、畑と田んぼで、金町の駅まで何も無かった。

東水元から、新宿の土手が見えたほど。

などなど…、貴重なお話をいつもたくさん教えてくれます。

 

私が小学生のころも、住宅はだいぶできていましたが、

水元小学校へ通う通学路は、砂利道で、雨が降れば大きな水たまりが沢山できました。

その水たまりを長靴で、どのくらい深さがあるか、いちいち確かめながら歩くのが好きでした。

 

道の両脇は田んぼで、春はレンゲが一面咲いてきれいでした。

放課後は、女の子はレンゲを摘んで花束や冠を作りながら帰り、男の子はザリガニを釣っていました。

これがホントの道草、ですね。

昔は、公園の遊具も、テレビゲームもないから、自然が遊び相手だったわけで。

6月は田植え、秋には稲刈りをしていたのを側で見ながら登校したものです。

 

 

今でも、ところどころには、畑があり、

葛飾げんき野菜として、JA販売所などで買う事ができます。

東水元圦妻公園の側では、菜の花がきれいに咲いています。

 

あのころを、懐かしんでもしようがないですが、

砂利道より、舗装された道の方がずっと歩きやすいですが、

空き地のドカンの秘密基地や、セミやトンボを捕まえた時のわくわく感とか、

アリのものすごい行列や、でっかいカエルを見つけた時の驚きと恐怖とか、

思い出します。

今の子供も、現実の世界でワクワクできる体験、沢山できたらいいのに、と思ったりするのは、

年寄りになった、ということでしょうか…。

 

 

 

水元公園 桜の様子 2014

城です。

桜、咲きましたね。

 

 

本日お昼頃、水元公園のさくら堤に上がって、

桜の木の様子を見てきました。(懲りずに(゚∇^*))

ぽかぽかの陽気の中、一本だけ、気の早い桜の木発見!!!

回りのさくらはピンクいろなのに、この桜は白い花です。


「え?あんた、足は?」

って?

大丈夫です。ちゃ~んと、下みて歩いてますから。

 

じゃ、なくて…、 

包帯グルグル巻きのあの写真は、皆様に衝撃をあたえてしまったようでしたが、

足はもうほとんど普通に歩けます。

ケガの後、右足をかばって頑張った左足の膝ともども、まだ治療中ではありますが…。


話しは戻って、

しかしまだ、ほとんどの桜の木は、ピンク色のつぼみが膨らみ始めたくらいのところで、

あと二日もすれば、だいぶ咲いてくるのではないかと思います。


毎年の事ですが、

同じ場所で、同じ花を、同じ状況で見られる、

それだけで、

幸せなことなのですね。

健康で、仲良く、平和に。


桜の木の下では、

名わき役のゆきやなぎが、綺麗です。

 

ほら、ちゃんと下見て歩いているでしょ?!

  

あと数日…

城です。

いやぁ、3月も残りわずか、その中でも平日は、今日をいれて3日しかない。

来月からは消費税も上がるので、いつも以上に、落ち着かない年度末です。

 

 

銀行も、スーパーもドラッグストアも電気屋さんも、人がいつもより多いです。

焦って買った方が得か、4月過ぎてじっくり買うのが得か?

う~ん、悩みどころです。

 

とりあえず、今日思い立って消耗品を注文しました。

物件案内の時に使うスリッパ10足と、掃除用紙モップの替えなど、明日届く予定。

 

あと数日、消費税アップだからと焦って、衝動買いをしないように気を付けたいと思います。

一炊の夢

城です。

お昼の名物番組、笑っていいともが、終わります。

32年間も続いていたのですね。

1982年にあの番組は始まったそうです。

私がOLになった年で、会社の昼休みに見た覚えがあります。

いいとも青年隊の初代に、その後世間を騒がせた羽賀研二や、今、『世界ふしぎ発見』に出ている 野々村誠、

とかがいて、それはそれは人気がありました。

聖子ちゃんや薬師丸ひろ子はバリバリアイドルだったし、OLは腰かけといわれて、皆寿退社するのが暗黙のルール。キャリアウーマンなんて言葉はまだ無かったかもしれません。

反対に、オールドミスなんて言葉はありました。今となっては、死語です。

そしてその年は、父が梅津不動産を始めた年でもあります。

(正式に会社として発足したのはその2年後になりますが。)

32年て、ホント長いですね~。

 

あの時のわたしは、32年後のわたしを、全く想像できない、遠い未来としか思っていませんでしたね。

何もかも夢のように変わっています。

あの時、今の自分とその環境、世の中の変りようが、予測できていた人はいないでしょう。

そして1982年から今までのわたしの人生も振り返れば、結構 波乱万丈?!(笑)  

 

アンジェラ・アキの『拝啓 15の君へ』という唄があるけど、

1982年の自分へ、30年後の今の自分が、アドバイスできるとしたら、なんてアドバイスするでしょう?

う~ん、『これから、いろいろあるけど、何とかなるから大丈夫。一生懸命信じる道を、ガンバレ!!』

かな?

 

逆に、30年後の自分は、今の私になんと言いたがっているか、想像してみる。

(30年後に生きているとの前提で)

 

『元気なうちに、遊んだり、旅行したほうが、いいよ!!』

それとも、

『遊んでばかりいないで、もっと働いて、お金を貯めるんだ!!』 かな?

 

たぶんこれからの30年の方が、世の中の変わるスピードは今よりもっと早くなる気がします。

『これからも、益々いろいろあるけど、何とかなるから大丈夫。一生懸命信じる道を、ガンバレ!!』

30年後も、過去の私にそう言えるように、これからも生きていきたいものです。

 

 

注意一秒ケガ一生

城です。

土・日のブログにものせました、桜のつぼみを写真を撮るために、

中央公園に行った時のことでございます。

「あぁ~、春だわ~」とカメラとバッグを片手に桜の枝ばかり見ながら、ちょっとした段差を、気軽に降りようとしたのです。

しかしそのちょっとした段差は、ちょっとどころか、かなりの高さであったわけなのでございます。

一瞬宙に浮いたような感じになった後、片足だけで着地、その勢いで倒れそうになったのを、必死にこらえてバランスをとろうと踏ん張り、その時に、足首が、グキッ!!、とっ痛みが走ったのでございます。

 

あぁーΣ( ̄ロ ̄lll)やっちゃったかー?!、と思ったのですが、

態勢を整えて、歩いてい見ると、ちょっとだけ違和感があるものの、普通に歩けるので、あー助かった、

とまた自転車を漕いでうろうろと写真をとりつつ帰ったのです。

 

その日の夕方、友人と金町のとある居酒屋に行く約束がありまして、

靴を脱いで小上がりに座り、

「今日、もう少しで大けがするところだったのよ~」と、着地した方の足を見せて、手で足首をぐるぐるさせて何ともないのを確認したのです。

 

そこからです。(´_`。)

だんだん足が痛みだし、帰るころはまともに歩けない状態で、タクシーで帰宅。(決して飲み過ぎたわけではございません)

家に戻ったは良いけど、ビンビン・ジンジン痛くて、階段も登れない。

痛み止めを飲んで、寝ようとしても、痛さで寝付くこともできない(。>0<。)ビェェン

寝返りを打っても痛い。

 

いやぁ、驚きました。

これは、骨が折れたのだろうか?ヒビだろうか?

もうしばらくゴルフはできなくなってしまう。しばらくってどのくらいかな。ブランクがあればあるだけ、今でも下手くそが超下手くそになってしまう。

いやいや、ゴルフどころじゃない、右足だから車のアクセルとブレーキが踏めないじゃない…?

毎日の暮らしが不自由になってしまう。

だけど、夜まで居たくなかったのだから、骨折だったらおかしい。

などなどと、痛いなかでもいろんなことを考て、寝付いたのが朝の5時過ぎ。

起きたのは朝8時。(もうぐったり)

 

でも、不思議。目が覚めたその時には、痛さはだいぶ引いていました。

 

何もしなくても痛いという事はなくなりました。

といっても、右足に体重をかけたり、足首を動かすと痛いので、父が生前使っていた杖を取り出し、

日曜日だったので隊長に車で送られて、出社したわけです。

 


 

そして、本日月曜日、

さくら堤接骨院に。

 

ひっぱったり、押したりして、ケガの場所や症状を確認後、

まずは、テーピング。


その後、湿布薬を貼り。

ボール紙の添え木ならぬ添え板を両サイドに付けて、

包帯で、添え木を固定。

というわけで、私の右足は、現在こんな感じになりました。

 

でも添え板のおかげで、とっても楽になり、

普通に歩けます。

 

運転もできます(*^-^)ニコ

じん帯を痛めたんだそうです。

 

ということで、皆様、上ばかり見て歩いててはいけないのです。

注意一秒、ケガ一生。このことわざの意味が、よーくわかりました。

このくらいで済んでホントに良かった( ̄ー ̄」)

水元中央通り

城です。

春の水元うろうろの続きです。


梅津不動産の前の通りを、南へ下って中央公園を過ぎて、

中央通りに出ます。

中央通りを西に飯塚橋へ向かってゆくと、サンクス、シャトレーゼ、ほっともっと、

星乃珈琲、セルフのガソリンスタンド、すき屋、その先には、はま寿司、と続きます。

水元もなんだか賑やかになったものです…。

 


以前、10年以上前に、

この中央通りには、ファミレスのスカイラークとデニーズがありましたが、

皆 撤退してしまい、なんだか水元の住人には寂しい限りでした。

 

が、いつのまにかラーメンの幸楽苑、回転寿司のはま寿司、マツモトキヨシ、ワークマン、タイヤマン、カーコンビニ、ツタヤ、etc…と、結構いろんなものができました。
この辺はまだ、駐車場付きの大型店舗が新規開店できる土地があり、人口も増えているからですかね。 


 

つい最近開店した、星乃珈琲さん(最近はカフェブームのようで)

去年開店したのが、はま寿司


どちらも、まだ行っていないんですけどね、私は。

だって、どちらも、いつも混んでいるものですから…。

今日も、星乃珈琲の駐車場はいっぱいでした。

いつか、空いている時に、スフレパンケーキというのを、食べてみたいと思ってます。

 

水元高校跡地に、葛飾フィットネスパークが完成すれば、

この通りはもっと賑やかになることでしょう。

中央通りを東へ向かって進むと、岩槻街道との交差点で、そこが水元公園へ続く入り口にもなるのですが、

そこには、以前ご紹介しましたベーカーリー アトリエダーシャや、セツルメントの横には、ル・クレール、ラーメン屋天華、そば処すずきやなどなどがございます。こちらは、大資本のチェーン店では無いです。


 

他にも、書ききれませんが水元には小さいけど良いお店がたくさんあるので、

またおいおいご紹介していきたいと思います。

ということで、一回りして帰ってきたときには、自転車のかごには、

何故か(?)こんなものやら、あんなものやら、自転車こいで消費したカロリーを上回るものが……。

春の水元

城です。


今日は、良く晴れ渡りて風もそれほど冷たくなく、家の中にいるより外の方が気持ち良いくらいの日です。

寒い間は、なるべく外に出なくて済むようにして、会社でじっとしている城ですが、

冬眠から覚めた熊じゃないけど、今日は自転車に乗って、ちょっと春の水元をうろうろとしてみました。

 

梅津不動産の通りを南に下れば、元都立水元高校跡地では、

葛飾総合体育館が建築中。

といっても、まだこんな感じで、基礎を作っているところのようです。

その建築現場の南は、中央公園です。

こちらは、毎年桜がきれいに咲いて、水元公園まで行かなくても花見ができる穴場ですが、

今日の桜のつぼみの様子は、このくらいです。

暖かい光で、少し膨らんできたようです。

1週間後には、ちらほら咲いてくる?

  桜の木の根元には、こんな花も咲いていました。

愛育園のとなりの畑(何も植わっていない)には、

藤色の小さい花が一面に。

まだ、こういう風景があるのが、水元の良い所。

続きは、あ・し・た(゚∇^*)

お彼岸に

城です。

今日は天気も私の体調も回復しまして、 

 

予定通り、お墓参りに行ってきました。

 

しばられ地蔵 南蔵院

 

お彼岸ということで、駐車場もお墓もたくさんの人がいました。

 

人間の存在なんて、宇宙や地球の規模で見ればはちっぽけなものです。



でも、科学や技術はどんどん発達していき、人間は地球を全て知りつくし、宇宙へも行く時代だけど、

でも、そう思っているのは人間の慢心で、

たぶん、解っていることより、解らない事、できない事の方が、

まだまだ多いのだと思います。

 

だから、という訳じゃないですが、

人間の力ではどうしようもないものに、

人は昔から手を合わせて拝んでしまうのかもしれません。

 

  

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