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2014年1月

気合を入れて

城です。

なんと、今日は1月の31日。

もう1月も終わりなんですね~!! (≧ヘ≦)

 

当社は、悪いことにこの月末に、風邪が流行っております。

母は昨日から休んでおりまして、渡辺も今日は休みです。

青野も、昨日熱があったそうですが、気合で熱を下げて、今日は来てくれましたので、助かります。

 

わたし一人じゃ、この月末をどうにもこうにも、さばけません!!

 

レスリングのきょうこちゃんのお父さん、アニマル浜口じゃないけど、

「気合だ!! 気合だ!! 気合だ~~~!!」

で、頑張ります。

 

欠勤中の二人も、インフルエンザではないので、明日には来られると思われます…「(´へ`;

 

皆さんも、くれぐれも風邪など引かぬように、気合を入れて頑張ってください。

 

凍り豆腐

城です。

1月もあと1日で終わりです。

はやっ!!

 

さて、今日は岩手県九戸の、凍り豆腐なるものをいただきました。

簡単に言えば、豆腐を凍らせたものなのでしょうが、

高野豆腐のようで、高野豆腐とはちょっと違う。

高野豆腐も料理したことがないのに、馴染みのない食材なので、うまく、料理できるか自信がない…。

ネットには、お肉の代用品として使うこともあり、から揚げにしたりもできると、載っていましたが、どのくらいお肉っぽいのだろう?

 

誰か、美味しい食べ方を知っている方、教えてください。

 

人生は平等…?

城です。

 

昨日に引き続きのお話です。

わたくし、5年前に師匠 伊勢瑞祥 に四柱推命の師範の免状を頂いてから、いろんな方の命式を観る機会がありました。時には、有名人、実業家、政治家、タレントなども勝手に見たりしています。

会社の青野が、「社長、今までみた中で、一番良い命式、運の良い命式の人って、誰ですか?」

と、聞いてきたことがありました。

しかし、いくら勉強をしても、その質問には、答えは無いと思います。

 

四柱推命を勉強し、未熟ながらも人様の命式をだして運命を鑑て、改めてわかったことがあります。

人生のいつでも、全て、幸運に恵まれた人生、という人はいない、ということ。

生まれてきた環境や親によって最初から恵まれている人と、恵まれていない人はいるけれども、

でもどんな人の人生にも、春夏秋冬があって、良い時期と悪い時期が巡って来る。

笑ったり悲しんだり喜んだり失望したりは、どんな人にもだいたい同じくらいのタイミングでやって来る。

人生は平等なのです。

ただ、その良いこと悪い事を、どう受け止めるかで、人生は変わってくる、ともいえる様です。

 

しかしながら、命式の中に、うらやましいくらいに、良い星(便宜上、星と表現します)ばかりが揃っている方は、いらっしゃいます。

そういう方は、基本的に運が良いのですから、もともと財産がある家だったりもするし、やってくる不幸も、人並みの苦労より軽かったり、良いことは、人よりたくさんあったり、するわけです。

じゃあ、そんな人は、きっと相当な人物で、相当な地位に上り詰めていることでしょう、と思われる方が多いと思いますが、ところがそうとも限らない。

運の良い分、そんなに努力しなくても、ある程度の幸せが来るから、

それ以上の頑張りをせず現状維持だったり、幸運に甘えて努力をしなかったり、色んな経験をつまずに中には怠けていたり、ちょっと悪い事があると、打たれ弱いから相当へこたれてしまったり…。

なんだかとっても小さく独りよがりな人にまとまってしまうような感じの方もお見受けします。

苦労があまりない分、人の気持ちにも鈍感だったりします。

 

もちろん良い星をお持ちで、大きな夢も持っていて、それを達成できるように人並み以上の努力をされた方には、輝かしい成功が待っています。

でも、良い星があまり無い方でも、押し寄せてくる苦労にへこたれず、 夢をあきらめず、

逆に苦労を自分の人生の糧にしてしまうようなバイタリティのある方は、

本当の成功者になれると思います。

成功している方たちには、良い星ばかり持っている人はいないです。

だからこそ、辛抱してやっと巡ってきたチャンスを、がっちり掴めるのだと思います。

 

なんて、言っていると私もものすごい人生の達人みたいですけど…。

はっきり言って、耳年増というか、目年増、というだけのはなし、ですのであしからず…。「(´へ`;

 

副業のはなし

城です。

わたくし、不動産屋の社長をやっているかたわら、たまに副業もやっています。

皆さんもうご存知だとは思いますが、ひとさまの人生を四柱推命をする仕事でございます。

暦の上での新年は2月4日からはじまるので、この時期になりますと、

今年1年の運勢の鑑定を、頼まれたりいたします。

大々的にやっているわけではないので、友人とか友人の友人とか、口コミです。

でも、文章にして渡すので、けっこう大変です。

 

今年もそんな時期なもので、最近パソコンとにらめっこです。

だけど、自分でやっていてなんですけど、当たっていて怖いくらいだぁ……、と思う事があります。

一度もお会いしたことがないMさんご家族(私くらいの年齢のご夫婦と娘さんと息子さん)の鑑定を3年以上続けていますが、

会ったことがないので、本当に何の推測もなく、結果運を伝えているだけでした。

娘さんが、比肩の年があって、結婚、就職などケジメになることがありますよ、と書いてあったら、その年娘さんが結婚されました。

今年は、息子さんが結婚する、と先に聞いていたので、今年の結果運がどうなるのだろう…、と見てみたら、

息子さんは「正官の年」。

【自分にふさわしい事を始め、結婚が決まり、新たな生活が始まる。】ってなっているのです。

とっても良い時期に、息子さんは結婚されるのだなぁ…、運命どおりになっているわぁ、と確信しました。

 

この間、当社の青野の命式を出してみて、

「青野さんの接木(せつぼく)の時期は26歳の時だったよ。その時に、運命が転換するような事、なかった?」と、聞いてみたら、

「社長、すごい!! その年に結婚して姓が青野に変わったのです!!」、と驚いていました。

接木(せつぼく)というのは、30年に一度訪れる、人生の大転換期です。

人は、その時が近づくと何故か、変りたくなるか、環境が勝手に変わるか、してしまうようです。

ちなみに、私の接木は東水元に家を買って引っ越してきた年、梅津不動産で仕事をするようになった年でした。 

 

私も、運命の流れにそって進んでいるようです。

 

 

 

 

春よ来い!!

城です。

冬に飽きてきましたねぇ…。

かといって、冬じゃない国に行くこともできないので、日本の冬につきあうしかないですけど、

最近は、春と秋が短くて、夏と冬がやけに長い気がします。なんか損した感じしませんか?

でも、春は必ず来るはずで、あと1ヵ月もすれば、そろそろ春だ。春だ。ということになるのでしょう。

 

 

 

ゴルフにはまった私は、春が待ち遠しいーーー!!! (≧ヘ≦) ヾ(- -;)

 

だって、寒いと練習のやる気がでないし……。

何しろ、早朝から外にいるわけだから、さっぶいのよね…。

 

専門学校に通いなおしている、わが家のバカボンは、今年公務員試験を受けることになっています。

こちらは、人生の春は、くるのかどうか?、どうなることやら……。

だけど、今までのぐうたらな態度とは違って、家でも勉強する姿勢だけは見えるので、

夢に向かって努力できるようになっただけでも、まぁ成長ではあるけれど…。

 

四柱推命から鑑みれば、2014年バカボンは、比肩の年になります。

から、なんらかの決着があるはず。

公務員じゃなくても、何でもいいから、学生を卒業して社会人になってくれれば親はありがたい……!!

 

受験生をお持ちのお母さんも受験生も、就活の皆さんも、「春」、来ればいいですね。

春が来るまで、頑張りましょう。

 

春が待ち遠しい、城でした。


 

 

突然に…

城です。

去年突然亡くなられた事を今年に入ってから知った、お客様のお宅に、

今日は遅ればせながら、母とお焼香に行ってまいりました。

まだまだ働き盛りの、50代後半の方だったのですが、夜寝ているうちに、亡くなられていたのだそうです。

特に持病は無かったけれど、数日前から胃が痛いと訴えていたそうで、

病院には診てもらっていて、胃カメラの予約をした日だったそうです。

実はそれは胃ではなく、心臓だったらしく、心筋梗塞だったということです。

 

そんな風に突然この世を去られて、残されたご家族は、どんなにおつらい事かと思います。

家族にも、周りの人たちにも優しく、面倒見の良い、そして楽しい方でした。

 

昨日は、母の民謡のお友達が顔を出されて、不動産の相談を少ししていかれましたが、

その方の奥様の、お兄様のご家族の話で、

まだ40代の息子さんが突然死され、それがショックだったのか、その2か月後にお母さんが、そしてそこから数か月後にはお父さんが亡くなってしまった。

わずか1年のうちに、家族が全員亡くなってしまい、残された「家」のこと、「相続」のことについての相談でした。

奥さん子供が先に亡くなり、最後に亡くなったのが、世帯主で家の所有者であったので、

亡くなった方の兄弟に相続権があるため、妹である奥様のところに話がきたそうです。

 

あまりにも悲しい事です。でも、そんな事、あるんですね…。

 

といっても、私にだってあるかもしれません。

もし、わたしが突然死んでしまったら、……?。

もし、隊長が、子供が、突然亡くなったとしたら……?。

 

心配するときりがありませんが、いつ何時、別れの時がやってくるかもしれないのですよね。

いえいえ、必ずいつか、家族でも友人でも、突然でないとしても、死に別れる時はくるのです。

母とだって、いつかそんな別れは来るのです。

 

朝「いってきます」と出かけたら、必ず「ただいま」となるとも限らない、

「おやすみ」の次に「おはよう」と絶対言えるかも、かわからない。

そういう気持ちを心の隅にでも置いておいて、

つい当たり前すぎてないがしろになったり、適当にしてしまう、家族への対応を、ちょっと反省したり、

優しく思いやって、別れの時に悔いの残らない生き方をしないといけないなぁ…、と思い直したり、

そんな本日でした。

風邪の季節

城です。

風邪が流行ってます。

いつも元気にしている職人さんや電気屋さんや、当社の渡辺も、みんな風邪で「マスク」です。

 

1月2月と、風邪やインフルエンザが流行りますから、気をつけないといけませんねぇ。 

 

梅の蕾がたくさんついた枝を、頂いていたのですが、

今日、花が咲きました。

 

 

春が来るまで、もう少し頑張りましょう。

 

この時期は、無理しないで、

暖かくして、

ゆっくり休んでにゃん。

ホントの独り言です…

城です。

今日、賃貸の更新契約が1件ありました。

更新契約した方(Aさんとします)は、

一時、Bさん(仮)という人の部屋に住んでいました。

Bさんは防水工事の仕事をしている、中年の男性でした。

Bさんは、賃料を払いに当社へ毎月来ていたのですが、

いつも、仕事帰りに(たぶんお給料をもらった日にそのまま来ていたのでしょう)、

塗料が一杯ついたニッカーボッカーのポケットから、シワッシワだったり、

夏などは、汗で湿っていたりするお札を差し出す人でした。

ちょっとお札を受け取るのに、ウッっと考えてしまうようなこともありましたが、

でも、Bさんは明るくて、「仕事終わったから、これからビールだ!!」「こないだパチンコで勝ったよ。」、

など何でも話す人だったので、いつも雑談などして楽しい人でした。

でも、ある時から具合が悪くなり、入退院を繰り返すようになって(お酒が好きだし、あまり家で料理して食べることもないし、ヘビースモーカーだったから)、本人から病状を聞くと、血管がボロボロなのだとか言っていて、

一人暮らでこの先どうなるんだろうと思ったのですが、

Bさんの親方夫婦が面倒見てくれたり、お友達が面倒見てくれたりしていたのは、賃料を持ってくる人でわかりました。

入退院を繰り返し、最後は仕事にも出れなくなっていたBさんの部屋に、同居して面倒見てくれている友達がいました。

その後治療もむなしく、Bさんが入院先の病院で亡くなった、と知らせが入りました。

その後の身の回りの始末などをしてくれた、一時同居してくれていた友人が、Aさんです。

 

Aさんは真面目で几帳面なかたで、その後、当社の管理している他物件に入居しました。

 

今日Aさんの更新で、そんないきさつを、

ニッカーボッカーで人懐っこく笑っていたBさんの顔を、思い出しました。

Bさんは、Aさんに感謝して亡くなったことでしょう。Bさんのご冥福を祈ります。

土管考

城です。

突然ですが、子供の時家の周りに、ドカン(土管)、ありましたか?

ドラえもんのマンガで広場にデン!!とある、あの土管です。

私の子供の時は、家の周りに土管はたくさんあり、公園、遊具、というものが無い時だったので、

土管はあのころの子供たちの遊びの恰好の道具でもありました。

だから、私と同じくらいの年ごろの、渡辺サンと青野サンの子供の時の風景にも、

土管はあるものだと思って話しをしたのですが、

昭和39年生まれの渡辺の生まれ育った青戸には、土管はなかったそうです。

ちなみに、物心ついたときには道路は皆アスファルトで舗装されていたそうです。

都会やね~!! 青戸!!

 

それよりさらに数年遅く生まれた青野は、関宿出身ですが、

関宿は、見渡す限り畑と田んぼで、まだまだ井戸水での生活だったので、土管はまだ使わなかったようで、家の周りに置いてあることは無かった、というのです。

同じ年代でも、地方によってちがうんですねぇ。

 

水元は、都心への良い中継地点として、地中に埋める土管が、たくさん置かれていたのかもしれません。

 

上に登って遊んだり、土管の中に入って秘密基地やおままごと…などなど。

土管にも大きさがいろいろありまして、肝試しのように段々と大きな土管から飛び降りる競争などして、

ちょっと怖かったけど大きい土管から飛び降りて、足をくじいたこともありましたっけ。

今だったら、危険だから、子供は入れないようにされてしまうのでしょうが、昔は遊びと危険はけっこう背中合わせでした。

懐かしい思い出です。

 

あの時の土管は、今でも町の中に埋まっているのでしょうか?

もう全部撤去されてしまったのでしょうか?

そもそも土管というのだから、土を固めて作ったものだったのですかねぇ。焼物だったのですかねぇ?

改めて考えると、不思議です。

 

北風とクリームパン

城です。

 

寒いです~~~!!!

風が冷たすぎます。

もう何十年も、日本の国に住んでいるわけですが、いつまで経っても冬の寒さに慣れませんね~。 

(えっ?! 日本人ですが…。)

 

 

昨日は、あちこちまた出歩いていた私ですが、

今日は事務所にいて、あなたが来るのをお待ちしていますよ~(*^-^)ニコ。

 

 

 

 

1日留守にしているうちに、また変わったおやつが届いていました。

八天堂のクリームパン

いろんな味があるようですが、私が食べたのは抹茶味のポイップクリームがた~っぷり、

だけどあまり甘くない、ちょっとチーズっぽいクリームで、

パンは軽くてかずかに塩味が…。

美味しくいただきました!!

 

本日ご来店のお客様、クリームパン、まだ残ってますので、お早めに~~~!!

 

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