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2011.03.27  神明様(しんめいさま)

城です。

大場川の土手を下りたところ、西水元(西水元3丁目32)にひっそりと構える小さな神社があります。

地元のが、「神明様(しんめいさま)」と呼ぶこの神社、 

あまり、参拝に来る人もいませんが、実は、由緒正しい神社です。

 

約千年前、鎌倉時代初頭、

葛飾区、江戸川区、江東区、墨田区の一部、一体の地を葛西といいました。

当時その地を納めていた葛西氏は、

この荘園を伊勢神宮に寄進しました。

 

葛西で取れた米を、伊勢神宮に献上することで、

伊勢神宮の加護をうけ他の勢力から守られるのです。

ですから、葛西一帯は、「葛西御厨(みくりや)」と呼ばれていました。 

 

当時、葛西御厨辺りは水運上の重要な拠点で、

関が設けられ、通行税を徴収していたとのことです。

この神社は、御厨になった当時、

伊勢の内宮(天照大上)、外宮(豊受大上)を分霊したものだそうです。

正式名称「葛西御厨神明宮」といいます。

農地整理等で、この地域のいろんな場所に点在していた神社を1つの神社(水元神社)にまとめる時、

この神社にお祭りしている神様だけは、他の神様とは別格なので、一緒にすることはできない、と、

こうやって、ひとつポツンと残ってしまったのです。

この小さな神社にそんな歴史が隠されているとは、今のお社を見ても気付かないのですが、

もう千年の間、この地を守ってくれているわけです。

この神社のことを、地元のお年寄りは、

男の神様だから、怖い、といいます。

理由を聞くと、 昔、この境内の木を切って、薪にして売った人、かかわった人は、

皆バチが当たって死んでしまった、とか…。

そんな云われがいろいろとあり、それほど霊験あらたかな神社ということなのでしょうか。

私は時々、ここにお参りに行きます。

先日も、友人とお参りに行き、この写真を撮ってきました。

 

この地域の歴史を調べると、

戦国時代などは、大河ドラマでおなじみの、

上杉謙信軍や豊臣秀吉軍が行き交っていたりしています。

そこらへんは、またの機会にご紹介しましょう。

 

投稿者 梅津不動産 (11:59) | PermaLink

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