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2011年3月

水元公園 開花宣言

城です。

昨日は水曜日、定休日で、ポカポカといい陽気でしたから、

水元公園に散策に行ってまいりました。

 

東京で、桜の開花宣言がされてますが、

この辺の桜は、まだ蕾で、

うっすらと、ピンクがかってきた、

というところです。 

青空がきれいで、

放射能がいつもより多く飛んでいるとは…とてもとても思えない。

(そこは思いださなくてもよかったか?)

春休みですから、

子供たちもたくさんいて、

お弁当食べたりしていました。

「みどりの広場」の裏の、とある一角、

桜の花が咲き出しているところを見つけました。

何故かここの桜の木だけ、5~6本まとめて、

気が早いんだか、日当たりが良いのか、

咲き出して…

花の蜜を吸いに来る鳥を狙ってか、

花と野鳥の図を狙っているのか、

大きなレンズのカメラマンたちが、獲物がくるのをまっていたり、

左の写真のように、

花の写真をとる人がいたり…

ここだけ、とってもにぎやか…

なんとも平和な水元公園の一日でした。 

いざという時

城です。 

我が家の食器棚の取っ手には、こんなフックがついています。

隊長(夫)が、大地震にそなえて

引っ越した時から、つけていたのです。 

お料理するとき、片手で開けたいとき、

邪魔でした。

でも、今回の地震で、急に存在意義が。

付けてて良かった~!!

戸棚の中で飛び出していた食器が、扉を押し開いていましたが、

このフックが全開を食い止めて、下に落ちるのを食い止めてくれていました。

頭の上の棚には、土鍋やジューサーなど重たいものを入れていたから、ほんと、助かった。

 

隊長は、毎日出勤前と寝る前に、このフックがちゃんとつながっているか、

チェックするのが習慣となっていました。(他の家族は、はずしっぱなしだったから)

他にも、ポリタンクに水道水を備蓄し、日付を書き、日数がたつと入れ替える、ということを、

ずうっと続けていました。

 

さすが、隊長~(マイナス思考の「病」が生きた)!!

これからも頼むよ!!

あたりまえだったこと

城です。

3月も、あと数日で終わってしまいます。

11日に大地震が起きたことで、それまでの日常と、

その後の日常は、まったく違ったものになってしまいました。

 

お風呂に入れること、布団で寝れること、住み慣れた町にいられること、

電気がつくこと、水道から水がでること、トイレが流れること、

必要な時にガソリンが買えて、好きなところに行けること、

電車が走っていること、

具合が悪ければ医者に行けて、必要な薬を買えること、

スーパーに行けば好きなものを好きなだけ買えること、

寒い日に暖かい部屋でこたつに入ること、

ごはんが食べれること、家族が健在なこと、

夜になると灯る街の灯、安全な水、安心な空気…

そういったものは、すべて日常で、当然すぎて、意識したこともなかったのです。

でも、そんな当たり前のことが、

奇跡のように貴重なものだったということに気づきました。

それを当たり前のことだと暮らしていた私たちは、

傲慢になっていたのかもしれません。

 

原子力発電という、超危険なものをいくつも作らないと、

そんな生活が成り立たなかったのですから。

自然の力にかかったら、人間の文明なんて、無力なものだったのです。

 

そんな事考えながら、3月は過ぎてゆきます。

この震災の後、

のど元過ぎれば熱さ忘れる、ということじゃなくて、

大きく方向転換してゆかなければならないんじゃないかしら。  

 

 

神明様(しんめいさま)

城です。

大場川の土手を下りたところ、西水元(西水元3丁目32)にひっそりと構える小さな神社があります。

地元のが、「神明様(しんめいさま)」と呼ぶこの神社、 

あまり、参拝に来る人もいませんが、実は、由緒正しい神社です。

 

約千年前、鎌倉時代初頭、

葛飾区、江戸川区、江東区、墨田区の一部、一体の地を葛西といいました。

当時その地を納めていた葛西氏は、

この荘園を伊勢神宮に寄進しました。

 

葛西で取れた米を、伊勢神宮に献上することで、

伊勢神宮の加護をうけ他の勢力から守られるのです。

ですから、葛西一帯は、「葛西御厨(みくりや)」と呼ばれていました。 

 

当時、葛西御厨辺りは水運上の重要な拠点で、

関が設けられ、通行税を徴収していたとのことです。

この神社は、御厨になった当時、

伊勢の内宮(天照大上)、外宮(豊受大上)を分霊したものだそうです。

正式名称「葛西御厨神明宮」といいます。

農地整理等で、この地域のいろんな場所に点在していた神社を1つの神社(水元神社)にまとめる時、

この神社にお祭りしている神様だけは、他の神様とは別格なので、一緒にすることはできない、と、

こうやって、ひとつポツンと残ってしまったのです。

この小さな神社にそんな歴史が隠されているとは、今のお社を見ても気付かないのですが、

もう千年の間、この地を守ってくれているわけです。

固焼き評論家

城です。

硬いせんべい好きの私に、

「歯、気を付けてください。」といただいた、このおかき。

ふっ、ふっ、私はちょっとやそっとじゃ、「硬い」と言わさないわよ。

と、食べてみると…

 

ナイスな、硬さ!!

味も、余計な調味料は入ってなくて、

シンプルな醤油味があられの中までしみてる。

社員4人で頬張ったら、

梅津不動産は、しばらくバリバリ、ボリボリと、

あられを食べる音だけが響き渡り…。

電話に出られません。

 

何々?

「足立区花畑の富士見あられ」

おぬし、中々やるのう…。

 

よし、注文しちゃおう!!

 

前歯でかじるのは危険ですよ。

封を開けて1日たったのが、好きです。

水道漏れ

城です。

今日も、一日いろいろとありました。

 あるマンションの水道水を3階までくみ上げるポンプが、

地震で揺れたせいで損傷したのか、故障なのか、

昨日から水が噴出しています。

噴出といっても、そんなにすごい勢いじゃないですけどね。

 

業者を呼んでも、壊れたところの部品を取り寄せなきゃ直せない。

部品はポンプが古いから、探してみないとあるかないかわからない。

そんなこんなで、ずうっと昨日っから出っ放し。

ポンプ室は1階なので下に水漏れはしないから、いいか…?。

金町浄水場さん、ヨウ素濃度が高い水を、垂れ流しておいても、問題ないですか?

工事業者は、長靴着用でやってください。

水道局さん、水漏れですので、水道代は払えません。

 

待望の声

城です。

前にブログで心配していた岩手県釜石市の友人一重ちゃんと、連絡が取れました!!

時々、家の電話にコールしていたのですが、

2日くらい前から、電話の呼び出し音が話し中状態から、普通の呼び出し音に変わったので、

これは家が無事なのでは…?

でも何故電話に出ないのか?避難所にいるのか?

なんて思いながらも、あきらめずに時々かけていたのです。

 

今朝も9時半くらいにかけてみたら、一重ちゃんのお母さんが出て、

家は無事で、娘は今石油を買いに行っています。というではないですか?!

その後、かけなおしてきてくれた一重ちゃんの声は、昔のままの、のんびりした声でした。

「昨日から電気がつながったんだよ。」

「テレビを見たら、すごい津波で大変なことになっているんだねぇ、びっくりした。」って、

他人事みたいにいうんです。

「すごい事になっているねぇって、一重ちゃんの町でしょう。見ていないの?」

「うちは山の手の方なので、津波は来なかったし、家も壊れなかった。

スーパーには、全部はそろってないけど、取りあえず食べるものは売ってるし、コンビニもやってるよ」

「津波の被害のある方には、怖いから見に行かない。」

「避難場所とか、そばにないの?避難している人、いないの?」

「いるでしょ、おそらく。」

「欲しいものとか、ある?食べ物とか、着る物とか?」

「洋服贈ってきてくれたらうれしい。」

「防寒着?」

「そういうわけじゃないけど…」

「………。」

「テレビでやってたけど、葛飾区金町の浄水場って、近くでしょう?」

「大丈夫?放射能とか?」

逆に心配されてしまった…。

 

水道は使えるけど、ガスは使えないから、お風呂にはずっと入ってないし、

電気も昨日からつながって、燃料もなかったから、寒かったらしいです。

ガソリンもやっと変えたようで。

今まで自分のことだけでいっぱいいっぱいで、

電気が通って初めて周りを見ることができたのかもしれません。

でも、飢えてもいないし、困り果ててもいないし、お母さんの声も元気そうだったし、安心した。

あんまり久しぶりの電話なので、近況を逆にいろいろ聞かれてしまいました。

人の近況が気になるくらいだから、余裕はだいぶあるようです。

 

そのうち、岩手から水、送ってもらおうかな?

 

頼むぞ、セブン

城です。

今日は定休日ですが、 昨日届いた新しいパソコン(Windows7)を 明日から、

今までのパソコン同様に使えるようにしようと、出社しています。

パソコンの立ち上げとか、ほかのパソコンとネットワークを繋ぐとか、

今までと同じ用に使えるようにメールを設定するとかややこしいことは、

パソコンを買った近所の電気屋さん(イソムラ電気の支配人(元社長))が

やってくれるので、何もわからない私には、助かります。

が、ネットバンキングしている銀行の設定とか、 このホームページの設定とか、

古いパソコンに入っている必要なものや写真の選別移し替えなどは、 自分でやらないと…。

 

今までのパソコン、裏をひっくり返してシールを見たら2004年4月製。 

ということは、7年使いました。

それは、私が父に代わって社長になった年月。

私には無我夢中の激動の7年間。

文字通り私の手となり、目となり、記憶となり、 絶対的な私の見方として頑張ってくれました。

よくよく見ればNの刻印は半分消えかかり、 3のキーは少し斜めに飛び出しているような…

いろいろ無理をさせました。

これから、我が家で壊れるまで、隠居生活してください。

 

このブログが、ちゃんと載れば、ホームページの設定は完了かな?

そうだ、このブログをご覧になっている皆さん、私にメールください。

イソムラ電気がいうには、ウインドウズXPから、セブンになって、メールもソフトが変わり、

アドレスを引っ張ってこれなかったと言っていました。

そうなの?

 メールアドレスを一人一人入力するのは大変(そんなに大勢でも無いのですが)なので、

 空メールで良いですので、お願いします。

救出大作戦

城です。

今日は朝から大騒ぎです。

朝、母から電話があり、

「屋根裏から、バタバタバタ、ドタドタドタ、ドドドドド、

ものすごい音がして、恐ろしくて、恐ろしくて。見に来てくれ。」

と、緊急要請が。

その2日前から、「台所の換気扇のダクトから音がする。」、ということで、

隊長(ブログ上、私は夫のことを隊長と呼ぶことにします)が見に行いったり、建築業者が見に行ったり、

ダクトに耳をあてて音を聞いたり、たたいてみたり、覗いてみたりしたのですが、

何かいる気配はわからなかったのです。

換気扇のダクトは、隣家に煙が行かないように、コの字になっているから、

もし何かが入ってしまったら出れない構造です。

でも、今まで何十年もの間、その中に何かが入って音がする、という事はありませんでした。

誰かが見に来ると音は止むから、音は母しか聞いてないし、ダクトを外さない限り中は見れないし…。

そうしたら、今朝は屋根裏に進出してきたようで、

母が言うには、

「前にねずみがいた時でも、こんな大きな音がしたことは無かった。

これは、前に見たことがあるハクビシンじゃないかと思う?すぐに来てくれ。」

ハクビシンなんて大きなものが、どこから入ったのだろうか?

そんなスバシッコイけものを、捕まえられるのか?

と疑心暗鬼の中、朝一番で、母の家に夫婦で向かったのです。

 

 

彼岸の中日

城です。   

今日は、あいにくの雨ですが、春分の日。

お彼岸の中日です。

先日の土曜日に、父のお墓参りに

南蔵院(しばられ地蔵)にいってきました。  

南水元のお寺なので、

みんなで(母も)がんばって自転車をこいでの墓参り。

お寺にも地震の爪あとが…

大きな屋根のところどころに、瓦が落ちたようです。

立派な灯篭も、2つ倒れていました。
 

墓所の入口に並ぶ2つの石仏。

この二つには、いつ来ても、お花が飾ってあります。

自分のご先祖様のお墓にお花をたむけるだけじゃなく、

こちらにもお花を手向ける、

心の優しい人たちがいるのです。

この怖そうな表情は、お不動様かな?

(右に傾いて見えるのは、地震のせいではなく、

私が傾いて撮ったせいです。)

 

 

お不動様、どうか、この国をお守りください。

 

暖かい春の日差しの中、

日本人ならだれでもほっとする風景。

 

特別出演マイドーター。

鎮魂と平和な暮らしを願って、

被災地まで届け…

ゴーン…、ゴーン…

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